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東京地方裁判所 平成8年(レ)105号 判決 1996年12月16日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一五万四三二〇円及び内金九万二〇三二円に対する平成六年一二月二日から支払済みまで年二割九分二厘、内金五万一〇四六円に対する平成六年一二月二日から支払済みまで年六分の各割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決第二項は、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(アイカード会員契約の締結)、同3<1>(乙山に対するアイカード会員契約締結の許諾)及び同3<2>(乙山に対するアイカード会員契約締結の代理権授与)の各事実については、当裁判所もこれを認めることはできないと判断するが、その理由は、原判決がそれぞれその理由において摘示するところと同一であるから、これを引用する。

三  請求原因3<3>(無権代理行為の追認)について

1  《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(一)  乙山は、控訴人に対し、平成五年一二月三日、被控訴人名義の健康保険証を示し、被控訴人になりすまして、被控訴人名義の入会申込書(甲一)を作成し、アイカードの入会申込みをした。そこで、控訴人は、被控訴人名義のアイカード(以下「本件カード」という。)を発行し、これを乙山に交付した。

その当時、被控訴人は、被控訴人名義の健康保険証を、被控訴人と同居し、その扶養親族となっている祖母甲野花子に保管させていたが、乙山は、甲野花子が右健康保険証を持って通っていた通院先の国立病院に出向き、同所で甲野花子と会った上、被控訴人のところへ持っていくからという口実で甲野花子から右健康保険証を借り出したものであった。

(二)  乙山は、同月二三日、加盟店である株式会社伊勢丹新宿店において、本件カードを利用して、衣料品四点を代金五万九七九一円で購入し、控訴人は、そのころ同店に対し、右代金を立替払いした。

また、乙山は、同月二七日、本件カードを利用して、控訴人から一〇万円を借り入れた。

(三)  被控訴人は、平成六年一月ころ、控訴人から郵送されてきた利用明細書を受け取ったが、自分がカードで物品購入や金員借入れをした覚えがないので、これを当時同居していた内妻の丙川春子に見せた。すると、春子は、「乙山が私にジャンパーを見せに来たことがある。」と言ったため、被控訴人は、直ちに乙山に対し、この件について問いただした。乙山は、被控訴人の名義で本件カードを作ったことを認めたため、被控訴人は、「お前が責任を持って支払え。」と言った。ところが、被控訴人は、右の利用明細書には本件カード利用に関する控訴人会社の相談・問い合わせの電話番号が表記されていたのに、右のように乙山に言った行為以上には、控訴人会社に対する連絡抗議等を全く行わなかった。

(四)  そして、その後も、控訴人から被控訴人あてに請求書が郵送されてきたため、被控訴人は、乙山に対し、「どうなっているのか。」と尋ねた。これに対し、乙山は、「すみません。近々支払いますから。」と答え、同年二月二日、被控訴人の名義で、控訴人に対し、本件カードで購入した食料品等の代金分に係る内金五万一九一〇円を振込送金した。この前後においても、被控訴人は、控訴人会社に対し、何らの連絡抗議等をしなかった。

(五)  その後同年秋ころまでの間に、控訴人から被控訴人あてに請求書及び督促状合計一六通が郵送され、被控訴人は、これを受け取った。また、右の期間のころ、控訴人会社の担当者から被控訴人あてに頻繁に支払の督促の電話がかかってきたが、被控訴人は、その督促の通話の内容に対し、前記のような衣料品の購入をし、又は金員の借入れをする等本件カードを使用した者が自分ではないことを伝えることなく、したがって本件カードの使用に基づくその督促を受ける本人であるかのような態度でその担当者からの通話を受けたこともあった。

(六)  被控訴人は、前記(三)、(四)のような経緯から本件カードが乙山によって作られたことを知ったが、そのことを知った平成六年一月初めころ以降同年一一月二三日までの間に、乙山に対し、本件カードを自己に返却するよう指示したことはなく、また、控訴人に対し、右事実を述べてカードの利用停止を求めたこともなかった。

(七)  乙山が前記の健康保険証その他を使って被控訴人になりすまし、控訴人会社を含む一一社のカードを作ってそのカードにより物品購入等を繰り返したため、平成六年一月ころから多数の利用明細書、請求書が被控訴人あてに届くようになり、被控訴人は、乙山に対し、前記(三)、(四)のような言葉で、その各請求に対する支払をするように要求したが、その後、乙山が行方が分からなくなり、同年夏ころからは、被控訴人の勤務先へも督促の電話が数多くかかってくるようになった。

(八)  そのため、被控訴人は、事態を放置することができなくなり、平成六年一〇月に至って初めて、熊谷裕夫弁護士に対し、乙山が被控訴人名義で複数の金融機関等から物品購入等の立替払を受け、又は金員の借入れをしている件について相談した。その相談をした後、被控訴人は、同年一一月二三日、控訴人の担当者丁原竹夫からの電話を受けた際、控訴人に対し、初めて本件カードが乙山によって作られた事実を口にした。なお、右電話の際、控訴人は、丙川に対し、「乙山は妹の夫でもあり、それに自分で支払うと言っていたので、控訴人に連絡せず、そのままにしていた。」と述べた。

2  右認定の各事実を総合すれば、被控訴人は、控訴人に対し、遅くとも平成六年秋ころまでの間には、乙山が被控訴人名義で控訴人との間で締結したアイカード会員契約を黙示に追認したものと認めるのが相当である。

3  これに対し、被控訴人は、<1>自分の名前で勝手にカードを作成された一般人が弁護士に相談に行くまでに一定の期間が経過することは当然に予想し得ることであり、その間の電話での問い合わせに対する応対等で追認したものと認めるのは良識に反する、<2>カード契約におけるリスクは、カード会社が契約手続において自ら回避すべきであり、自分の名前で勝手にカードを作成された一般人に、カード利用を阻止する有効な手段を講じていないという理由でその責任を転嫁するのは不当であると主張する。

しかし、被控訴人は、前記1で認定したとおり、乙山が被控訴人の健康保険証を、被控訴人が被控訴人と同居する被控訴人の祖母に保管させていたのを、口実を設けてその祖母から借り出して本件カードを作り、これを使って物品の購入、金員の借入れをしたことを、その後間もないころに、知ったのにもかかわらず、乙山に対してその支払をすることを要求したのみで、特に控訴人会社に対しては、容易にすることができる連絡抗議等全くしなかったばかりか、かえって控訴人会社からの支払の督促の書面を受け取り、その督促の電話に出てその督促を受けるべき本人であるかのような態度を相当の期間にわたりとり続けていたのであって、結局、被控訴人としては、これらの態度をもって、乙山が支払を約していたので親族でもある乙山の行為をあばき立てないでむしろ被控訴人名義で締結された本件アイカード会員契約を遡って被控訴人の意思に基づくものとして扱い、かつ、この契約により被控訴人が負うべき債務を被控訴人名義で乙山に支払をなさしめて履行済みに終わらせようとする意思を表示していたものというべきであるから、被控訴人の前記の主張は、採用することができない。

四  以上によれば、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、理由があるから認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は、不当であるから、民事訴訟法三八六条により、原判決を取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 永野圧彦 裁判官 鎌野真敬)

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